る。今電子の質量が純粋な電磁的のものかあるいは一部分は速度に無関係なものであるかという問題を決するには、速度種々に異なる電子が電磁場でその径路を変える模様を見れば分るはずであるので、カウフマン以後種々の人が精密な実験を行うたその結果は電子の質量はほとんど全部電磁的のものであるらしい。そうなると勢い吾人が従来物質の質量と考えているものも、やはり同様にことごとく電磁的なものでないかという疑いを起さざるを得ない。もしそうであらばエネルギーと物質とは打して一丸となり、物質すなわちエネルギーとなる訳である。しかしこの疑問はまだなかなか解決がつかぬ。陰電子とともに物質を構成しておりしかも物質質量の大部分をなしている陽電子なるものの性質本体がまだ分らぬうちは前途なお遠しと云わなければなるまい。
物理学の根原は実験的の事実で、その基となるものは人間の五感である。しかし物理学の進歩するほどその基となる五感は閑却されて来るのである。昔の物理学では五感の立場から全く別物として取扱ったものがだんだん一緒になって来る。電波や熱や光やX線やγ線や、人間を離れて見れば全く同じ物で波の長さという事の外には本質的の差
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