閧ワで類似した諸点をもつのである。連句が全体を通じて物語的な筋をもたないから連句は低級なものであると考えるのは、表題音楽が高級で、ソナタ、シンフォニーが低級であるというのと同様である。連句は音楽よりも次元的に数等複雑な音楽的構成から成立している。音と音との協和不協和よりも前句と付け句との関係は複雑である。各句にすでに旋律があり和音《かおん》があり二句のそれらの中に含まれる心像相互間の対位法的関係がある。連歌に始まり俳諧に定まった式目のいろいろの規則は和声学上の規則と類似したもので、陪音の調和問題から付け心の不即不離の要求が生じ、楽章としての運動の変化を求めるために打ち越しが顧慮され去《さ》り嫌《きら》い差合《さしあい》の法式が定められ、人情の句の継続が戒められる。放逸乱雑を引きしめるために月花の座や季題のテーマが繰り返される。そうして懐紙のページによって序破急の構成がおのずから定まり、一巻が渾然《こんぜん》とした一楽曲を形成するのである。
 発句は百韻五十韻|歌仙《かせん》の圧縮されたものであり、発句の展開されたものが三つ物となり表合《おもてあわせ》となり歌仙百韻となるのである。発句の主題は言葉の意味の上からは物語的には発展されないが、連想活動の勢力としてはどこまでも展開されて行く。また発句から脇《わき》と第三句に至るまでを一つの運動の主題と見ることもでき、表六句をそう見ることもできる。すなわち三句に百韻千句のはたらきがあり、表の内に一巻の姿をこめることもできるのである。
 連俳の特色はそれが多数の作者の共同制作となりうることである。漢詩の連句もそうであるがこれはむしろ多数が合して一人となるのが理想であるらしく見える。しかし俳諧連句では、いろいろの個性が交響楽を織り出すところに妙味がある。七部集の連句がおもしろいのは、それぞれ特色を異にした名手が参加している上に、一代の名匠が指揮棒をふるっているためである。蕪村《ぶそん》七部集が艶麗《えんれい》豪華なようで全体としてなんとなく単調でさびしいのは、吹奏楽器の音色の変化に乏しいためと思われる。芭蕉の名匠であったゆえんは極端から極端までちがった個性の特長を正当に認識して活躍させた点にあるので、統率者の死後これらが四散しけんかを始めたのはやはり個性のはなはだしい相違から来るのである。
 この共同制作が可能であり、また共同によ
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