いうわけか自分にはわからない。それはとにかく、改札係は人間であるがその役目はほとんど機械的なものである。一定の刺激に反応してそれに相当する一定の動作を繰り返すだけである。それで、小田急線《おだきゅうせん》の往復切符は一種特別な比較的|稀有《けう》な刺激としてそれに応ずる特別の動作を誘発するに過ぎないかもしれない。こういう考え方はしかし決して改札の駅員を侮辱するものではないので、すべての人間はある度まではある場合のある環境のもとにはやはり一種の自動人形《オートマトン》としてしか働いていないからである。すべてのいわゆるプロフェッションはそうした環境をわれわれに供給する。そうしてそれがいちばん安全な環境でもあるであろう。
 ものを研究したり、創作したりしようとするには自動人形では間に合わない。それだけにこうした仕事にはいつでも危険が伴なうのであろう。

       十二

 もう十年も前から毎週一回|新宿《しんじゅく》駅で買うことになっている切符が、ある年のある日突然いつもとはちがう手ざわりのするのに気がついた。気がついて見ると、それは切符の台紙のボール紙の厚みが著しく薄くなっていたのであ
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