特技であった。この「チビ」は最初の産褥《さんじょく》でもろく死んでしまった。その後|仙台《せんだい》へ行ってK君を訪問すると、そこにいた子猫がこれと全く生き写しなのでまた驚かされた。
今では「三毛」の孫に当たる子猫の雌を親類からもらって来てある。容貌のみならずいろいろの性格に祖母の隔世遺伝がありあり認められるのに驚かされる事がしばしばある。
自分はこれまでにもうたびたび猫の事を書いて来た。これからもまだ幾度となくそれをかくかもしれない。自分には猫の事をかくのがこの上もない慰藉《いしゃ》であり安全弁であり心の糧《かて》であるような気がする。
Miserable misanthrope この言葉が時々自分を脅かす。人間を愛したいと思う希望だけは充分にもっていながら、あさはかな「私」にさえぎられてそれができないで苦しんでいるわれわれが、小動物に対してはじめて純粋な愛情を傾けうるのは、これも畢竟《ひっきょう》はわれわれのわがままの一つの現われであろう。自分は猫《ねこ》を愛するように人間を愛したいとは思わない。またそれは自分が人間より一段高い存在とならない限り到底不可能な事であろう。しかし
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