甘い感傷を享楽しうるのは対象が猫《ねこ》であるからであろう。
 一月ぐらいたって塩原《しおばら》へ行ったら、そこの宿屋の縁側へ出て来た猫が死んだ三毛にそっくりであるのに驚いた。だんだん見慣れるに従って頭の中の三毛の記憶の影像が変化して眼前の生きたものに吸収され同化されて行く不思議な心理過程に興味を感じた。われわれが過去の記憶の重荷に押しつぶされずに今日を享楽して行けるのは単に忘れるという事のおかげばかりではなくまた半ばはこれと同じ作用のおかげであろうと思われた。
 その後妻が近所で捨てられていた子猫《こねこ》を拾って来た。大部分まっ黒でそれに少しの白を交えた雌猫であった。額から鼻へかけての対称的な白ぶちが彼女の容貌《ようぼう》に一種のチャームを与えていた。著しく長くてしなやかなしっぽもその特徴であった。相当大きくなっていながら通りがかりの人に捕えられるくらいであるから鷹揚《おうよう》というよりはむしろ愚鈍であるかと思われた。しかしまた今までうちにいたどの猫にもできなかった自分で襖《ふすま》を明けて出はいりするという術を心得ていた。しっぽを支柱にしてあと足で長く立っていられるのもまたその
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