ある。また昔西洋の森の中にすんでいたサティールででもなければ見られなかったはずの美しいニンフたちの姿を、なんら罰せらるる事なしに日常に鑑賞し賛美する特権をもっているわけである。
 西洋にも同じような職業があったと見えて、古い木版画でその例を見た事がある。大きな青竜刀《せいりゅうとう》の柄《え》を切ったようなものをさげていて、これでごしごし垢《あか》でもこするのではないかと思われた。やはり褌《ふんどし》のようなものをしているのがおもしろかった。
 私は銭湯へ通《かよ》っていた時代にも、かつてこの流しをつけた事がない。自分でも洗えば洗われる自分の五体を、どこのだれだかわからぬ男に渡してしまって物品のように取り扱われる気にどうしてもなれなかったのである。
 しかし、困った事には旅行をして少し宿屋らしい宿屋に泊まると、きっと強制的にこの流しをつけられる。これは断わればいいのかもしれないが、わざわざ断わるのもぐあいが悪いので観念して流させる事にしている。非常に気持ちが悪い。ことにいちばん困るのは、按摩《あんま》のつもりでやせた肩をなぐりつけ捻《ひね》りつけられる事である。頭や腹へ響いて苦痛を感じ
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