とした人は前にもあった。ついでに原子個々にそれぞれ生命を付与する事によって科学の根本に横たわる生命と物質の二元をひとまとめにする事はできないものだろうか。
 金米糖の物理から出発したのが、だんだんに空想の梯子《はしご》をよじ登って、とうとう千古の秘密のなぞである生命の起原にまでも立ち入る事になったのはわれながら少しく脱線であると思う。近年の記録を破ったことしの夏の暑さに酔わされた痴人の酔中語のようなものであると見てもらうほうが適当かもしれない。
 それにしてもこのおもしろい金米糖が千島《ちしま》アイヌかなんぞのように滅びて行くのは惜しい。天然物保存に骨を折る人たちは、ついでにこういうものの保存も考えてもらいたいものである。

     風呂の流し

 風呂《ふろ》の流しいわゆる三助《さんすけ》というものはいつの世に始まったものか知らないが考えてみると妙な職業である。大きな宿屋などの三助ででもあれば、あたりまえなら接近する事も困難なような貴顕のかたがたを丸裸にしてその肢体《したい》を大根かすりこぎででもあるように自由に取り扱って、そうしておしまいには肩や背中をなぐりつけ、ひねくり回すので
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