アルコホルの一分子のように、不規則にあちらこちらと人から人を伝わって、迂曲《うきょく》した径路を取りながらも、ともかくも、統計的には、その出発点から次第に遠く離れて行くであろう。もっとも、この際問題を複雑にするのは、物質分子の場合と異なり、言語の一分子は独立の存在として彷徨《ほうこう》するのでなく、その周囲に絶えず影響を与え、自分と同一なものを発生させて行く点にある。しかし一つの分子の通過したくらいでは、おそらくその径路への影響は短時間に消滅してしまうであろうと考え、ただ同種の分子が種々の径路を通ってある地域に到着し、ある時点におけるその密度が相当の大きさに達した場合にのみ、その地点の国語に固定的の影響を与えるであろうという、少し無理であるが、またややもっともらしい仮定を許容すれば、問題はある度までは、やはり物質分子の拡散に類したものとなるのである。
かくのごとき仮定のもとに、ある分子が時間tにおいて、距離rと、それより dr だけ大きい距離との間の地帯に達するプロバビリティは
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W(r, t)dr = 1/4πDt[#「1/4πDt」は分数]e−
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