古い過去における水陸分布の状態と現在のそれとの異同が問題となり、その一つの参考資料としていろいろな土地の地名の意義が引き合いに出る場合がある。そこで本邦地名の問題に触れるとなれば、自然の勢いで、アイヌ語や朝鮮語による地名起原説を参照しなければならぬ事になる。そうなると問題は自然自然に推移して結局は日本語の成立問題にまでも多少は触れないわけには行かなくなるのである。
 そうかと言って、自分でこのような大問題をどうにかしようという非望を企てるわけにも行かないわけであるが、それでもただやみがたい好奇心から、余暇あるごとに少しずつ、だんだんに手近い隣接国民の語彙《ごい》を瞥見《べっけん》する事になり、それが次第次第に西漸していわゆる近東から東欧方面までも、きわめて皮相的ながらのぞいて見るような行きがかりになって来たのである。
 こういう素人遊戯《しろうとゆうぎ》――自分では真剣なつもりであっても、専門の学者の立場から見れば結局こういうよりほかはないであろう――にふけっている一方で、かねてから、これも道楽として、心がけている日本楽器の沿革に関する考証は自然に世界各地の楽器の比較に移って行く、その
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