る赤き菊|蝦夷菊《えぞぎく》堆《うずたか》し。とある杉垣の内を覗《のぞ》けば立ち並ぶ墓碑|苔《こけ》黒き中にまだ生々しき土饅頭《どまんじゅう》一つ、その前にぬかずきて合掌せるは二十前後の女三人と稚《おさな》き女の子一人、いずれも身なり賤《いや》しからぬに白粉気《おしろいけ》なき耳の根色白し。墓前花堆うして香煙空しく迷う塔婆《とうば》の影、木の間もる日光をあびて骨あらわなる白張燈籠目に立つなどさま/″\哀れなりける。上野へ入れば往来の人ようやくしげく、ステッキ引きずる書生の群あれば盛装せる御嬢様坊ちゃん方をはじめ、自転車はしらして得意気なる人、動物園の前に大口あいて立つ田舎漢《いなかもの》、乗車をすゝむる人力《じんりき》、イラッシャイを叫ぶ茶店の女など並ぶるは管《くだ》なり。パノラマ館には例によって人を呼ぶ楽隊の音面白そうなれば吾《われ》もまた例によって足を其方《そちら》へ運ぶ。また右手の小高き岡に上って見下ろせば木の間につゞく車馬|老若《ろうにゃく》の絡繹《らくえき》たる、秋なれども人の顔の淋しそうなるはなし。杉の大木の下に床几《しょうぎ》を積み上げたるに落葉やゝ積りて鳥の糞の白き下に
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