箱根熱海バス紀行
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)網代《あじろ》行

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)大湯|間歇泉《かんけつせん》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和十年六月『短歌研究』)
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 朝食の食卓で偶然箱根行の話が持上がって、大急ぎで支度をして東京駅にかけつけ、九時五十五分の網代《あじろ》行に間に合った。二月頃から、一度子供連れで熱海《あたみ》へでも行ってみようと云っていたが、日曜というと天気が悪かったり、天気がいいと思うときっと何かしら差障りがあって、とうとう四月二十日の今日の日曜までこのささやかな欲望を果たす機会がなかった。実に瑣末な事柄ではあるが、これだけでもままにならぬ人世という古い標語の真実性を証するための一例にはなるのである。日曜に天気のいいという確率、家族の甲乙丙の銘々が暇だという三つの確率、この四つがそれぞれ二分の一ずつだとしても、十六分の一しか都合のいい日の確率はない訳であるから、統計的に云えば思い立ってから平均十六週すなわち約四ヶ月待たな
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