ければならなかったとしても大して不思議はない勘定である。
 熱海はもう桜もあるまいからいっそ箱根の方がいいだろうということになった。箱根は二十年も昔水産関係の用向きで小田原へ行ったついでに半日の暇を盗んで小涌谷《こわくだに》まで行ったのと、去年の春長尾峠まで足を使わない遠足会の仲間入りをした外にはほとんど馴染《なじみ》のない土地である。それで今度は未見の箱根町まで行って湖畔で昼飯でも食って来ようということになった。自分達の外出にはとかく食うことが重要な目的の一つになっているようである。
 東京駅発の電車は思いの外あまり込まなかった。横浜で下りた子供連れの客はたいてい博覧会行きらしかった。大船《おおふな》近くの土堤《どて》の桜はもうすっかり青葉になっており、将来の日本ハリウード映画都市も今ではまだ野良犬の遊び場所のように見受けられた。茅ヶ崎《ちがさき》駅の西の線路脇にチューリップばかり咲揃った畑が見えた。つい先日バラの苗やカンナの球根を注文するために目録を調べたときに所在をたしかめておいた某農園がここだと分かった。つまらない「発見」であるが、文字だけで得た知識に相当する実物にめぐり合うこ
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