うちに、次の箱根町行が来たが、これも満員で座席がないらしいので躊躇していたら、待合所の乗客係が気を利かして居合わせたハイヤーを別に仕立ててバス代用に提供してくれた。のろい人間もたまに得をすることがあるのである。小涌谷辺は桜が満開で遊山《ゆさん》の自動車が輻湊《ふくそう》して交通困難であった。たった一台交通規則を無視した車がいたため数十台が迷惑するというのがこういう場合の通則である。「クラブ洗粉《あらいこ》」の旗を立てた車も幾台かいた。享楽しながら商売の宣伝になるのは能率のいいことである。
この辺の山には他所《よそ》の多くの山の概念とは少しばかりちがった色々の特徴があって面白い。ごく古い消火山と新しい活火山との中間物といったような気のする山である。形態が火山のようで、しかも大部分植物で蔽われている。しかしその植物界の「社会状態」が火山でない山とはだいぶ様子が違っているらしく見える。植物社会学者にでもこれに関する詳しい解説を聞いてみたいものである。
元箱根《もとはこね》町でまた自動車がつかえて動かなくなった。向うから妙な行列が来る。箱根観光博覧会の大名行列だそうである。挟箱《はさみばこ
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