う。平たく言えば早すぎるのやおそすぎるのがいろいろに錯綜《さくそう》交代《こうたい》して来るわけである。それにかかわらず平均の間隔はやはりTである事はもちろんである。すなわち ΔT[#「ΔT」は縦中横] の総和は零になるわけである。
 ある停留所に電車が到着する時刻の齟齬《そご》の状況は、もし個々の車の速度ならびに停留時間の平均誤差が与えられれば、容易に計算する事ができるが、要するに出発点からの距離が大きくなるほど大きくなる[#「出発点からの距離が大きくなるほど大きくなる」に傍点]のは明らかである。だいたいにおいては出発点からの距離の平方根に比例すると見て大差はあるまい。
 大小種々な時間誤差 ΔT[#「ΔT」は縦中横] がどういう順序に相次いで起こるかということもやはりまた一種の「偶然の方則」に支配される。この方則はあまり簡単でないがまずだいたいにおいては平均三台目か四台目ごとに目立って早すぎるものあるいはおそすぎるものが来る[#「平均三台目か四台目ごとに目立って早すぎるものあるいはおそすぎるものが来る」に傍点]事になるのである。
 以上は乗客という因子を全然度外視しての議論であるが、次にこの因子を考慮に加えると、どうなるかという問題に移る。
 乗客が単位時間内に一つの停留所に集まって来る割合は、だいたいにおいてはそれぞれの時刻と場所によりおのおの一定の平均値(たとえばn)があって、実際上はやはりその平均値の近くに偶然的変異を示すものと考えても不都合はない。そうすると一つの電車が収容すべき人数は、平均上、すぐ前の電車甲がそこを発車してからの経過時間に比例するものと考えてもいい。それでもし甲の電車が平均よりaだけ早く出た後に来た乙電車がbだけおそく発車すると、乙電車は平均よりも n(a+b) だけ多くの人を収容しなければならない事になる。
 あまり詳しい計算などは略して、ごく概略に考えても、要するに少しおくれて停留所に来た車は、少し早めにそこに来た車よりも統計的[#「統計的」に傍点]に多数の乗客を収容しなければならない事は明らかである。
 もちろん下車する人の事も考えなければならないが、今の問題にはこれを抽《ぬ》き去って考える。
 そこでこのようにして生じる乗客数の多少が電車の停留時間にいかなる影響を及ぼすかを次に考えてみる。乗客が多ければ多いほどこれは長くなる。た
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