かえって渋滞する場合もある。そして最後にはやはり酒が出なければ収まらない。
ある豪家の老人が死んだ葬式の晩に、ある男は十二分の酒を飲んで帰る途中の田んぼ道で、連れの男の首玉にかじりついて、今夜ぐらい愉快に飲んだ事は近来にないという事をなんべんもなんべんも繰り返しながらよろけ歩いていた。これなどは最も徹底的な一例であろう。
危篤な病人の枕《まくら》もとへはおおぜいの見舞い人が詰めかける。病人の頭の上へ逆さまに汗臭い油ぎった顔をさし出して、むつかしい挨拶《あいさつ》をしむつかしい質問をしかける。いっそう親切なのになると瀕死《ひんし》の人にいやがらせ[#「いやがらせ」に傍点]を言う。そうして病人は臨終の間ぎわまで隣人の親切を身にしみるまで味わわされるのである。
三
田舎《いなか》の自然はたしかに美しい。空の色でも木の葉の色でも、都会で見るのとはまるでちがっている。そういう美しさも慣れると美しさを感じなくなるだろうという人もあるが、そうとは限らない。自然の美の奥行きはそう見すかされやすいものではない。長く見ていればいるほどいくらでも新しい美しさを発見する事ができるはずの
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