、もう大部分は忘れてしまったが、夢のような記憶の中を捜すとこんな事が出て来る。
やはり農家の暇な時季を選んだものだろう。儀式は刈り株の残った冬田の上で行なわれた。そこに神輿《みこし》が渡御になる。それに従う村じゅうの家々の代表者はみんな裃《かみしも》を着て、傘《からかさ》ほどに大きな菅笠《すげがさ》のようなものをかぶっていた。そして左の手に小さな鉦《しょう》をさげて右の手に持った木づちでそれをたたく。単調な声でゆるやかな拍子で「ナーンモーンデー」と唱えると鉦の音がこれを請けて「カーンコ、カンコ」と響くのである。どういう意味だかわからない。ある人は「南門殿還幸」を意味すると言っていたがそれはあまり当てにはならない。私はむしろ意味のわからないほうがいいような気がしていた。
神輿の前で相撲《すもう》がある。しかしそれは相撲をとる[#「とる」に傍点]のではなくて、相撲を取らない[#「取らない」に傍点]のである。美々しい回しをつけた力士が堂々としてにらみ合っていざ組もうとすると、衛士《えじ》だか行司だかが飛び出して来て引き分け引き止める。そういう事がなんべんとなく繰り返される。そして結局相撲
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