表面に現はれたものだけでも颯爽とした快味があるが、句の裏面に隱れた眞實にはさま/″\のものを拾出すことが出來よう。秋風が立つてから、眼に見えて吾人の身の※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りのものが乾燥して來るといふ氣象學的現象の實感、同時に氣温濕度の急變から起る生理的、ひいては又精神的な變化の表現が、活々とした句の裏面から映し出されてゐる。因襲的な秋風の淋しさに囚はれずに、此の句を作つた去來が如何に頭のいゝ、獨創的な自然の觀察者であつたかを證明するものであらう。
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五月雨を集めて早し最上川 芭蕉
五月雨や色紙へぎたる壁の跡 同
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前者は梅雨の雨量と、河水の運動量《モーメンタム》を、數字を用ゐずした數字以上に表現して居り、後者は濕度計を用ゐずして煤けた草庵の室内の濕氣を感ぜしめ、黴臭い匂ひを暗示する。前者には廣大な希望があり、後者には靜寂なあきらめがある。映畫ならば前者はロングショット、後者はクローズアップである。
同じ雨の濕めつぽさでも
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春雨や蜂の巣つたふ屋根の漏 芭蕉
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