ある。
複雑な地形はまた居住者の集落の分布やその相互間の交通網の発達に特別な影響を及ぼさないではおかないのである。山脈や河流の交錯によって細かく区分された地形的単位ごとに小都市の萌芽《ほうが》が発達し、それが後日封建時代の割拠の基礎を作ったであろう。このような地形は漂泊的な民族的習性には適せず、むしろ民族を土着させる傾向をもつと思われる。そうして土着した住民は、その地形的特徴から生ずるあらゆる風土的特徴に適応しながら次第に分化しつつ各自の地方的特性を涵養《かんよう》して来たであろう。それと同時に各自の住み着いた土地への根強い愛着の念を培養して来たものであろう。かの茫漠《ぼうばく》たるステッペンやパンパスを漂浪する民族との比較を思い浮かべるときにこの日本の地形的特徴の精神的意義がいっそう明瞭《めいりょう》に納得されるであろうと思われる。
この地質地形の複雑さの素因をなした過去の地質時代における地殻《ちかく》の活動は、現代においてもそのかすかな余響を伝えている。すなわち地震ならびに火山の現象である。
わずかに地震計に感じるくらいの地震ならば日本のどこかに一つ二つ起こらない日はまれであ
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