自覚的には海の自然を解説することはしないとしても、彼らを通して海の自然が国民の大多数の自然観の中に浸潤しつつ日本人固有の海洋観を作り上げたものであろう。そうしてさらにまた山幸彦《やまさちひこ》・海幸彦《うみさちひこ》の神話で象徴されているような海陸生活の接触混合が大八州国《おおやしま》の住民の対自然観を多彩にし豊富にしたことは疑いもないことである。
 以上述べきたったような日本の自然の特異性またそれによって規約された日本人の日常生活の特異性はその必然の効果を彼らの精神生活に及ぼさなければならないはずである。この方面に関しては私ははなはだ不案内であるが上述の所説の行きがかり上少しばかり蛇足《だそく》を加えることを許されたい。

     日本人の精神生活

 単調で荒涼な砂漠《さばく》の国には一神教が生まれると言った人があった。日本のような多彩にして変幻きわまりなき自然をもつ国で八百万《やおよろず》の神々が生まれ崇拝され続けて来たのは当然のことであろう。山も川も木も一つ一つが神であり人でもあるのである。それをあがめそれに従うことによってのみ生活生命が保証されるからである。また一方地形の影
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