日の東京の大通りを歩いているときにしばしば経験させられることであるが、人造石を敷いた舗道が非常にすべりやすくなることがある。煉瓦《れんが》やアスファルトの所はすべらないのに、適当に泥《どろ》の皮膜をかぶった人造石だとなかなかよくすべる。それがおもしろいことには靴底《くつぞこ》の皮革の部はすべらないで、かかとのゴムの部分だけがよくすべるのである。それでこういう際はかかとを浮かして足の裏の前半に体重を託してあるけば安全だということを発明したわけである。人造石がかわいている場合にはもちろんすべる心配はない。たぶん適当な軟泥《なんでい》の層をかぶっている事が条件であるらしい。しかしもしも軟泥の層が単なるリュブリケーターとして作用しているのなら、何も人造石対ゴムに限る必要はないはずである。それが事実は特に人造石とゴムとの組み合わせによって特別な現象が起こるのであるから、これは必ずしも既知の単純なリュブリケーションの問題として不問に付することはできないように見える。これも一つのまじめな研究題目とすればなりうるであろうし、これを深く追究すれば、元来きわめて不明瞭《ふめいりょう》な「摩擦」そのものの本
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