ればもはやすべての事がらは統計的、蓋然的《がいぜんてき》な平均とその変異との問題にほごされてしまう。のみならず今日ではその統計的知識にさえもある不可超限界が置かれようとしているのである。さてこのような時代にわれわれが物理的統計学についてはたしてどれだけの知識を持っているかというと、これも見方によっては実に貧弱な知識しかもっていない。いわゆる古典的統計法が原子物理学の大海に難破して、これに代わる新しい統計が発明されても、それとこれとの関係もそれぞれの意味もなかなかのみ込めない。それは別問題としたところで、私の眼前のガラスの水滴の合流をいかに統計的に取り扱ったらよいかと思って諸文献を渉猟してみても結局得るところははなはだ少ないのである。それは私が結局何物もないところに何物かを求めているためであろうか。それがそうではない証拠にはちゃんと眼前の事象が存在している。すなわち事象は決してめちゃくちゃには起こっていない。ただわれわれがまだその方則を把握《はあく》し記載し説明し得ないだけである。
私が宅《うち》の洗面所で日常に当面する物理学上の諸問題はまだこのほかにもいくつかある。たとえば湯の温度に
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