うのであった。それがどんなに私を喜ばせ興奮させたかは言うまでもない。
 約束の日に白山御殿町《はくさんごてんまち》のケーベルさんの家を捜して植物園の裏手をうろついて歩いた。かなり暑い日で近辺の森からは蝉《せみ》の声が降るように聞こえていたと思う。
 若い男の西洋人が取り次ぎに出た。書斎のような所へ通されると、すぐにケーベルさんが出て来た。上着もチョッキも着ないで、ワイシャツのままで出て来た。そしていきなり大きな葉巻き煙草《たばこ》を出して自分にも吸いつけ私にもすすめた。
 ドイツ語は少しも話せず、英語もきわめてまずかった私がどんな話をしたかほとんど全く覚えていない。ただ私がヴァイオリンを独習している事を話した時に、ケーベルさんは私のもっている楽器の値段を聞いた。それが九円のヴァイオリンである事を話したら、ケーベルさんは突然吹き出して大きな声でさもおもしろそうに笑った。私はそれがなぜそれほどにおかしい事であるかをその時には充分理解する事ができなかった。それにもかかわらず私は笑われても別に不愉快でなかった。かえっていかにも罪のない子供のような笑いにつり込まれて私もわけもなく笑ってしまったの
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