二つの正月
寺田寅彦
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)九州の武雄温泉《たけおおんせん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)七五三《しめ》松|飾《かざ》り
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和五年二月『文芸春秋』)
−−
九州の武雄温泉《たけおおんせん》で迎えた明治三十年の正月と南欧のナポリで遭った明治四十三年の正月とこの二つの旅中の正月の記憶がどういう訳か私の頭の中で不思議な聯想の糸につながれて仕舞い込まれている。一方を思い出すと必ず他方がくっついて一緒に出て来るのである。
熊本高等学校に入学した年の冬の休みに長崎から佐世保《させぼ》へかけての見学をした。熊本から百貫《ひゃっかん》まで歩いて夜船で長崎へ渡りそこで島原の方から来る友人四、五名と落ち合ったのである。なにしろ三十年も昔のことで大概のことは忘れてしまっているうちにわずかに覚えていることが妙に官能的なことばかりであるのに気が付く。
その頃の長崎にはロシアの東洋艦隊の勢力が港町の隅々まで浸潤していた。薄汚い裏町のようなとこ
次へ
全7ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング