》のような、われわれの生命の維持に必需な材料器具でもない。衣服や住居の成立に欠くべからざる品物ともちがう。それかといって棺桶《かんおけ》や位牌《いはい》のごとく生活の決算時の入用でもない。まずなければないでも生きて行くだけにはさしつかえはないもののうちに数えてもいいように思われる。実際今でも世界じゅうには生涯《しょうがい》一冊の書物も所有せず、一行の文章も読んだことのない人間は、かなりたくさんに棲息《せいそく》していることであろう。こういうふうに考えてみると、書物という商品は、岐阜提灯や絹ハンケチや香水や白粉《おしろい》のようなものと同じ部類に属する商品であるように思われて来るのである。
毎朝起きて顔を洗ってから新聞を見る。まず第一ページにおいてわれわれの目に大きく写るものが何であるかと思うと、それは新刊書籍、雑誌の広告である。世界じゅうの大きな出来事、日本国内の重要な現象、そういうもののニュースを見るよりも前にまずこの商品の広告が自然にわれわれの眼前に現われて来るのである。
自分の知る範囲での外国の新聞で、こういう第一ページをもったものは思い出すことができない。日本にオリジナルな
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