は当然であろうがちょっとおかしい。
「自殺の報道記事は十行を越ゆべからず」という取締規則でも設けたら、それだけでも自殺者の数が二割や三割は減るのではないかという気がする。試験的に二三年だけでもそういう規則を遂行して後に再び統計を取ってほしいものである。

       十九

 入水者《じゅすいしゃ》はきっと草履《ぞうり》や下駄《げた》をきれいに脱ぎそろえてから投身する。噴火口に飛び込むのでもリュックサックをおろしたり靴《くつ》を脱いだり上着をとったりしてかかるのが多いようである。どうせ死ぬために投身するならどちらでも同じではないかという気もするが、何かしら、そうしなければならない深刻な理由があると見える。
 この世の覊絆《きはん》と濁穢《じょくえ》を脱ぎ捨てるという心持ちもいくぶんあるかと思われる。また一方では捨てようとして捨て切れない現世への未練の糸の端をこれらの遺物につなぎ留めるような心持ちもあるかもしれない。
 なるべく新聞に出るような死に方を選ぶ人の心持ちは、やはりこのはき物や上着を脱ぎそろえる心持ちの延長ではないかとも思われるのである。
 結局はやはり「生きたい」のである。
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