わぬ珍味にありつくこともおりおりはあるそうである。
北海道では熊《くま》におびやかされたり、食糧欠乏の難場で肝心の貯蔵所をこの「山のおじさん」に略奪されて二三日絶食した人もある。道を求めて滝壺《たきつぼ》に落ちて危うく助かった人もある。暴風にテントを飛ばされたり、落雷のために負傷したり、そのほか、山くずれ、洪水《こうずい》などのために一度や二度死生の境に出入しない測量部員は少ないそうである。それにもかかわらず技術官で生命をおとした人はほとんどないというのは畢竟《ひっきょう》多年の経験による周到な準備と注意によるものであろう。
技術官に随行する測夫というのがまた隠れた文化の貢献者である。ただ一人山頂の櫓に回照器(ヘリオトロープ)を守って、時々刻々に移動する太陽の光束を反射して数十キロメートルかなたの観測点に送る。それには多年の修練によるデリケートな神経と筋肉の作用を要する。この測夫の熟練のいかんによって観測作業の進捗《しんちょく》が支配されるのである。ある時向こうの山頂の回照器がいつまで待っても光を送らない。信号をしても返事がない。行って見ると櫓から落ちて死んでいた。深山にただ一人だ
前へ
次へ
全14ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング