思われる深山を歩いていたらさび朽ちた一本の錫杖《しゃくじょう》を見つけたという話もあるそうである。
 地形測量の基礎になるだいじな作業はいわゆる一等三角測量である。いわゆる基線(ベースライン)が土台になって、その上にいわゆる一等三角点網を組み立てて行く、これが地図の骨格となるべき鉄骨構造である。その網目の中に二等三等の三角網を張り渡し、それに肉や皮となり雑作《ぞうさく》となる地形を盛り込んで行くのである。この一等三角点にはみんな高い山の頂上が選ばれる。
 その理由は、各三角点から数十キロないし百キロの距離にある隣接三角点への見通しがきかなければならないからである。それだから、三角測量に従事する人たちは年が年じゅう普通の人はめったに登らないような山の頂上ばかりを捜してあちらこちらと渡って歩いている。そうして天気が悪くて相手の山頂三角点が見えなければ、幾日でもそれが見えるまで待っていなければならない。関東震災後の復旧測量では毛無山《けなしやま》頂上で二十八日間がんばって天城山《あまぎさん》の頭を出すのを今か今かと待っていた人がある。古いレコードでは七十日というのさえある。
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