く》のはなはだしきものでまた無知のはなはだしきものである。雨の降る日は天気が悪いというのは事実である、雨が降って天気のよい日のある事を知る人の少ないゆえんである。一に一加えて二となるはあたりまえである。それだから一に一加えて二にならぬ事を知る人が少ない。
ある老人に液体空気の事を語る。老人いわく「空気が水になるのは何も珍しい事はない。夏コップに井水を盛れば器外に点滴のつくのはすなわちそれではないか」と。
疑う人におよそ二種ある。先人の知識を追究してその末を疑うものは人知の精をきわめ微を尽くす人である。
何人も疑う所のない点を疑う人は知識界に一時機を画する人である。
一人にしてその二を兼ぬる人ははなはだまれである、これを具備した人にして始めて碩学《せきがく》の名を冠するに足らんか。[#地付き](大正四年ごろ)
底本:「日本の名随筆 別巻76 常識」作品社
1997(平成9)年6月25日第1刷発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 第一巻」岩波書店
1960(昭和35)年10月
入力:もりみつじゅんじ
校正:多羅尾伴内
2003年4月1日作成
2004年2月16日修正
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