断片(1[#「1」はローマ数字、1−13−21])
寺田寅彦
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)神保町《じんぼうちょう》から
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十一年八月『明星』)
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一
神保町《じんぼうちょう》から小川町《おがわまち》の方へ行く途中で荷馬車のまわりに人だかりがしていた。馬が倒れたのを今引起こしたところであるらしい。馬の横腹から頬の辺まで、雨上がりの泥濘がべっとりついて塗り立ての泥壁を見るようである。あらわな肋骨《ろっこつ》の辺には皮が擦り剥けて赤い血が泥ににじんでいるところがある。馬の腹は波を打つように大きくせわしなく動いている。堪え難い苦痛があの大きな肉体の中一体に脈動しているように思われるが、物を云う事の出来ない馬は黙ってただ口を動かし唇をふるわしていた。唇からはいたましく血泡がはみ出していた。
小川町で用を足して帰りにまたそこを通った。木材を満載したその荷馬車の車輪が道路の窪みの深い泥に喰い込んで動かなくなったのを、通行人が二人手を貸して動かそうとし
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