りの威勢が強くてとてもわれわれの所へは手が回らないかもしれないという説も出た。
 こんな話をしているうちにも私の連想は妙なほうへ飛んで、欧州大戦当時に従来ドイツから輸入を仰いでいた薬品や染料が来なくなり、学術上の雑誌や書籍が来なくなって困った事を思い出した。そしてドイツ自身も第一にチリ硝石の供給が断えて困るのを、空気の中の窒素を採って来てどしどし火薬を作り出したあざやかな手ぎわをも思い出した。
 そして、どうしてもやはり、家庭でも国民でも「自分のうちの井戸」がなくては安心ができないという結論に落ちて行くのであった。
 翌日も水道はよく出なかった。そして新聞を見ると、このあいだできあがったばかりの銀座通りの木煉瓦《もくれんが》が雨で浮き上がって破損したという記事が出ていた。多くの新聞はこれと断水とをいっしょにして市当局の責任を問うような口調を漏らしていた。私はそれらの記事をもっともと思うと同時にまた当局者の心持ちも思ってみた。
 水道にせよ木煉瓦にせよ、つまりはそういう構造物の科学的研究がもう少し根本的に行き届いていて、あらゆる可能な障害に対する予防や注意が明白にわかっていて、そして材料
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