神田を散歩して
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)神田《かんだ》を

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)昼|提灯《ちょうちん》を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「またたき」に傍点]
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 あるきわめて蒸し暑い日の夕方であった。神田《かんだ》を散歩した後に須田町《すだちょう》で電車を待ち合わせながら、見るともなくあの広瀬中佐《ひろせちゅうさ》の銅像を見上げていた時に、不意に、どこからともなく私の頭の中へ「宣伝」という文字が浮き上がって来た。
 それはどういうわけであったかよくわからない。その日は特別な「何々デー」というのでもなかったし、途中で宣伝の行列や自動車に出会った覚えもない。おそらく途中の本屋の店先かあるいは電柱のビラ紙かで、ちらと無意識に瞥見《べっけん》したかあるいは思い浮かべたこの文字が、識域のつい下の所に隠れていて、それが、この時急に飛び出して来たのかもしれないと思う。もっともそれにしたところで、広瀬中佐の銅像を見ていたという事が、どういう機縁になってこれが呼び出される手続きになっ
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