《こみち》がうねって出る処を橙色の服を着た豆大の人が長い棒を杖にし、前に五、六頭の牛羊を追うてトボトボ出て来る。近景には低い灌木がところどころ茂って中には箒のような枝に枯葉が僅かにくっ付いているのもある。あちらこちらに切り倒された大木の下から、真青な羊歯《しだ》の鋸葉《のこぎりば》が覗いている。
むしろ平凡な画題で、作者もわからぬ。が、自分はこの絵を見る度に静かな田舎の空気が画面から流れ出て、森の香は薫り、鵯《ひよどり》の叫びを聞くような気がする。その外にまだなんだか胸に響くような鋭い喜びと悲しみの念が湧いて来る。
二十年前の我家のすぐ隣りは叔父の屋敷、従兄《いとこ》の信さんの宅《うち》であった。裏畑の竹藪の中の小径から我家と往来が出来て、垣の向うから熟柿が覗けばこちらから烏瓜《からすうり》が笑う。藪の中に一本大きな赤椿があって、鵯の渡る頃は、落ち散る花を笹の枝に貫いて戦遊《いくさあそ》びの陣屋を飾った。木の空にはご[#「はご」に傍点]を仕掛けて鵯を捕った事もある。
叔父の家は富んで、奥座敷などは二十畳もあったろう。美しい毛氈《もうせん》がいつでも敷いてあって、欄間《らんま》に木
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