の長い尾の尖端が水面を撫《な》でて波紋を立てて行く。それが一種の水平舵《すいへいだ》のような役目をするように見える。それにしてもこの鳥が地上に下りている時に絶えず尾を振動させるのはどういう意味だか分からない。ああやっている方が、急に飛出すときに身体の釣合をとるために好都合かとも思ってみる。実際電線に止まって落着いている時はほとんど尾を静止させている。それが飛出す前にはまた振動をはじめる。飛んで来て止まった時には最初大きく振れるが急速な減衰振動をして止めてしまう。どうもこの鳥の心の動きが尾の振動に現われるように見えるのである。
「この辺には雀がいない」と子供がいう。なるほどまだ一度も雀の顔を見ない。もしかすると鶺鴒の群がこの辺の縄張を守っていて雀の侵入者を迫害するのではないか。そんな臆説も考えられる。
 池に家鴨《あひる》がただ一羽いる。それが何だか淋しそうである。家鴨は群れている方が家鴨らしく、白鳥は一、二羽の方が白鳥らしい。
 夕方になって池の面が薄い霧のヴェールに蔽われるころになると何かしらほのかな花の匂いが一面に立ちこめる。恰度《ちょうど》月見草が一時に開くころである。咲いた月見
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