ら星野の宿へ帰って寝た。ところがその翌日は両方の大腿の筋肉が痛んで階段の上下が困難であった。昨日鬼押出の岩堆《がんたい》に登った時に出来た疲労素の中毒であろう。これでは十日計画の浅間登山プランも更に考慮を要する訳である。
 宿の夜明け方に時鳥《ほととぎす》を聞いた。紛れもないほととぎすである。郷里高知の大高坂城《おおたかさかじょう》の空を鳴いて通るあのほととぎすに相違ない。それからまた、やはり夜明けごろに窓外の池の汀《みぎわ》で板片を叩くような音がする。間もなく同じ音がずっと遠くから聞こえる。水鶏《くいな》ではないかと思う。再び眠りに落ちてうとうとしながら、古い昔に死んだ故郷の人の夢を見た。フロイドの夢判断に拠るまでもなく、これは時鳥や水鶏が呼び出した夢であろう。
 宿の庭の池に鶺鴒《せきれい》が来る。夕方近くなると、どこからともなく次第に集まって来て、池の上を渡す電線に止まるのが十何羽と数えられることがある。ときどき汀の石の上や橋の上に降り立って尻尾を振動させている。不意に飛び立って水面をすれすれに飛びながら何かしら啄《ついば》んでは空中に飛び上がる。水面を掠《かす》めてとぶ時に、あ
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