草の花を取って嗅いでみてもそんな匂いはしない。あるいはこの花の咲く瞬間に放散する匂いではあるまいか。そんなことを話しながら宿のヴェランダで子供らと、こんな処でなければめったにする機会のないような話をするのである。
時候は夏でも海抜九百メートル以上にはもう秋が支配している。秋は山から下りて来るという代りに、秋は空中から降りて来るともいわれるであろう。
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(追記) 本文中に峰の茶屋への途中、地表から約一メートルに黒土の薄層があって、その中に枯れた木の根があるので、古い昔の植物の埋没したものではないかという想像を書いておいた。その後同じ場所に行ってよく調べてみると、これらの樹の根には生きているのもある。これで見ると、現在生えている樹木の根が、養分の多いこの黒土層を追うて拡がっているのだということが分かる。それにしてもこの黒土層の由来はやはり前に考えたようなものであろうと思われる。
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[#地から1字上げ](昭和八年十月『週刊朝日』)
底本:「寺田寅彦全集 第四巻」岩波書店
1997(平成9)年3月5日発行
入力:Nana ohbe
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