戦争と気象学
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)我邦《わがくに》の存亡に

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)もし当時|元軍《げんぐん》に

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正七年十二月『理科教育』)
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 ユーゴーは『哀史』の一節にウォータールーの戦いを叙してこう云っている。「もし一八一五年六月十七日の晩に雨が降らなかったら、ヨーロッパの未来は変っただろう」と。雨が降って地面が柔らかくなり、ナポレオンが力と頼む砲兵の活動に不便なために戦闘開始を少し延ばしたばかりにブリュヘルが間に合って戦局が一変したと云うのである。これは文学者の誇張であるかもしれないが、こういう例は史上に珍しくはあるまい。同じ筆法で行けば弘安四年六月三十日から七月一日へかけて玄界灘を通過した低気圧は我邦《わがくに》の存亡に多大の影響があったのである。もし当時|元軍《げんぐん》に現時の気象学の知識があったなら、あの攻撃はあるいはもう数ヶ月延期したかもしれない。
 日露戦役の際でも我軍は露兵と戦うばかりでなく、
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