満洲の大陸的な気候と戦わなければならなかった。日本海の海戦では霧のために蒙《こうむ》った損害も少なくなかった。こういう場合に気象学や気候学の知識が如何に貴重であるかは世人のあまり気の付かぬ事である。
 欧洲大戦が始まって以来あらゆる科学が徴発されている。気象学の知識を借りなければならぬ事柄も少なくないようである。例えば毒ガスの使用などでも適当な風向きの時を選ぶは勿論、その風向きが使用中に逆変せぬような場合を選ばなければならない。本年四月十日と五月十二日に独軍の使用した毒ガスは風向き急変のために却《かえ》ってドイツ側へ飛んで行ったという記事がある。また四月英国の閉塞隊がベルギー海岸のドイツ潜水艇の根拠地を襲撃した場合にも、味方の行動を掩蔽《えんぺい》するために煤煙の障屏《しょうへい》を使用しようとしたのが肝心《かんじん》の時に風が変って非常の違算を来たしたという事である。これらの場合に充分な気象観測の材料が備わっていて優秀な気象学者がこれに拠《よ》って天候を的確に予報する事が出来れば如何に有利であるかは明らかである。
 また一例を挙げると、三月十六日パレスタインで強風が砂塵を立てているに
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