いう大理石の半身像が幾つもある。サラサン氏は一々その頭をなでその顔をさすって見せるのでした。その中に一つ頭の大きな少年の像があってたいへんにいい顔をしている。先生の一番目の嬢さんがまだ子供の時分この半身像にすっかりラヴしてしまって、おとうさんの椅子《いす》を踏み台にしては石像に接吻《せっぷん》したそうです。そのさまを油絵にかかした額が客間にかかっていました。霧があって小雨が降って、誠に静かな日でした。
ゼネヴからベルン、チューリヒ、ルツェルンなどを見て回りました。ルツェルンには戦争と平和の博物館というのがあって、日露戦争の部には俗悪な錦絵《にしきえ》がたくさん陳列してあったので少しいやになりました。至るところの谷や斜面には牧場が連なり、りんごが実って、美しい国だと思いました。
それからストラスブルクを見て、ニュルンベルクへ参りました。中世のドイツを見るような気がしておもしろうございました。市庁《ラートハウス》の床下の囚獄を見た時は、若い娘さんがランプをさげて案内してくれました。罪人は藁《わら》も何もない板の寝床にねかされて、パンも水ももらえなかったと話しました。いっしょに行ったチロ
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