いへん喜んで迎えてくれ、自分の馬車にのせて町じゅうを案内してくれました。昼飯をよばれてから後にその広い所有地を見て歩きました。この人の細君が私どもの論文を仏訳してここの学術雑誌に載せてくれたのだそうです。ここはもうフランスの国境近くで、屋敷のベランダから牧場越しに国境の森が見え、またヴォルテールの住まっていたという家も見えます。毛氈《もうせん》のような草原に二百年もたった柏《かしわ》の木や、百年余の栗《くり》の木がぽつぽつ並んで、その間をうねった小道が通っています。地所の片すみに地中から空気を吹き出したり吸い込んだりする井戸があって、そこでその理屈を説明して聞かせました。低気圧が来る時には噴出が盛んになって麦藁帽《むぎわらぼう》くらい噴《ふ》き上げるなどと話しました。それから小作人の住宅や牛小屋、豚小屋、糞堆《ふんたい》まで見て歩きました。小作人らに一々アローと声をかけて、一言二言話していました。農家の建て方など古い昔のままだそうです。
屋敷の入り口から玄関までは橡《とち》の並み木がつづいています。その両わきはりんご畑でちょうどりんごが赤く熟していました。書斎にはローマで買って来たと
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