。たいへん人気がいいそうであります。主人公の日本人の名がドクトル・タケラモ・ニトベというのだそうで、このタケラモだけでも行って見る気がしなくなります。人の話によるとなかなかよく日本人の特性をうがっていて、むしろ日本人の美点を表現しているそうですが、タケラモに恐れてまだ見ません。
[#地から3字上げ](明治四十三年四月、東京朝日新聞)

     ベルリンから(二)

 今度の旅行中は天気の悪い日が多くて、ことにスイスでは雨や霧のためにアルプスの雪も見えず、割合につまりませんでした。それでもモンブランの氷河を見に行った日は天気がよくておもしろうございました。寒暖計を一本下げて気温を測ったりして歩きました。つるはしのような杖《つえ》をさげて繩《なわ》を肩にかついだ案内者が、英語でガイドはいらぬかと言うから、お前は英語を話すかときくと、いいえと言いました。すべらない用心に靴《くつ》の上へ靴下をはいて、一人で氷河を渡りました。いい心持ちでした。氷河の向こう側はモーヴェ・パーという険路で、高山植物が山の間に花をつづり、ところどころに滝があります。ここから谷へおりる途中に、小さなタヴァンといったよ
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