式が済むと、室《へや》の外にいた貧民が一時に押し込んで施与を受けようとするので、なかなかの大混雑で、やっとの事で出て来ました。
 降誕祭前一週間ほど、市役所前の広場に歳《とし》の市《いち》が立って、安物のおもちゃや駄菓子《だがし》などの露店が並びましたが、いつ行って見ても不景気でお客さんはあまり無いようでした。売り手のじいさんやばあさんも長い煙管《きせる》を吹かしたり編み物をしているのでありました。ひやかしていると、「ドクトルの旦那《だんな》さん、降誕祭贈物《ワイナハトゲシェンク》はいかがです」と呼びかけるのもありました。町の店屋へ買い物に行くと、お前さんの故国でもワイナハトを祝うかなぞときくのがだいぶありました。
 降誕祭《ワイナハト》の初めの日には、主婦《かみ》さんが、タンネンバウムを飾るから手伝ってくれぬかと言うので、お手伝いしました。たいそう古くなったお菓子を黄色いリボンで縛ったのが一箱あって、これもつるすのだといって、樅《もみ》の木へほかの飾り物といっしょにつるしました。これは十四年前におばあさんが買ったお菓子だということでした。同じ宿にいる女優のスタルク嬢も、前だれなどかけ
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