ると先達《せんだっ》て生れた妹の利ちゃんに対するとその間に何のちがいも自分には認められなかったとは云え。
 主婦は親切であったが、色の蒼白い、眉の間には始終《しじゅう》憂鬱な影がちらついて、そして時々工合が悪いと云っては梯子《はしご》の上り下りの苦しそうな事があり、また力無い咳をするところなどを見るとあるいはと思う事があって友に計ったが、この家に数年前から泊っていて、ほとんど家内同様になっている医科の男があってそれが一向引越しもしないところから見るとまさかそうではあるまいと云うので、格別気にも止めなかったのである。雪ちゃんもこの色の蒼白いそして脊のすらりとしたところは主婦に似ていて、朝|手水《ちょうず》の水を汲むとて井戸縄にすがる細い腕を見ると何だかいたいたしくも思われ、また散歩に出掛ける途中、御使いから帰って来るのに会う時御辞儀をして自分を見て微笑する顔の淋しさなどを考え、この児には何処にか病気でも潜んでいるではないかと云う気がしていた。亡妹に似ていると云うのがますますこの感じを深くしたのであろう。それにもかかわらず雪ちゃんは壮健で至って元気のよい子であった。利ちゃんが何かいたずらで
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング