雪ちゃん
寺田寅彦

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)赤門《あかもん》前の友の下宿

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)朝|手水《ちょうず》の水を汲むとて

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)dy[#「dy」はイタリック体、縦中横]
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 学校の昼の休みに赤門《あかもん》前の友の下宿の二階にねころんで、風のない小春日の温かさを貪《むさぼ》るのがあの頃の自分には一つの日課のようになっていた。従ってこの下宿の帳場に坐っていつもいつも同じように長い煙管《きせる》をふすべている主婦ともガラス障子越しの御馴染《おなじみ》になって、友の居ると居ないにかかわらず自由に階段を上るのを許されていた。
 ここな二階から見ると真砂町《まさごちょう》の何とか館の廊下を膳をはこぶ下女が見える。下は狭い平庭で柿が一本。猫がよくこれを伝うて隣の屋根に上るのである。庭へは時々近辺の子供が鬼ごっこをしながら乱入して来ては飯焚《めしたき》の婆さんに叱られている。多く小さい男の子であるが、中にいつも十五、六の、赤ん坊を背負った女の子が交じっている。
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