いですんだかもしれないと思われた。少なくも子供だけにはこんないたずらをさせないように家庭や小学校で教えるといいと思われた。
 これで思い出したのは、関東大震災のすぐあとで小田原の被害を見て歩いたとき、とある海岸の小祠《しょうし》で、珍しく倒れないでちゃんとして直立している一対の石燈籠を発見して、どうも不思議だと思ってよく調べてみたら、台石から火袋《ひぶくろ》を貫いて笠石《かさいし》まで達する鉄の大きな心棒がはいっていた。こうした非常時の用心を何事もない平時にしておくのは一体利口か馬鹿か、それはどうとも云わば云われるであろうが、用心しておけばその効果の現われる日がいつかは来るという事実だけは間違いないようである。
 神社の大きな樹の下に角テントが一つ張ってある。その屋根には静岡何某小学校と大きく書いてある。その下に小さな子供が二、三十人も集まって大人しく坐っている。その前に据えた机の上にのせたポータブルの蓄音機から何かは知らないが童謡らしいメロディーが陽気に流れ出している。若い婦人で小学校の先生らしいのが両腕でものを抱えるような恰好をして拍子をとっている。まだ幼稚園へも行かれないような幼
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