である。天然は実に正直なものである。
久能山の上り口の右手にある寺の門が少し傾き曲り境内の石燈籠が倒れていた。寺の堂内には年取った婦人が大勢集まって合唱をしていた。慌ただしい復旧工事の際|足手纏《あしてまと》いで邪魔になるお婆さん達が時を殺すためにここに寄っているのかという想像をしてみたが事実は分らない。
久能山麓を海岸に沿うて南へ行くに従って損害が急に眼立って来た。庇《ひさし》が波形に曲ったり垂れ落ちかかったり、障子紙が一とこま一とこま申合わせたように同じ形に裂けたり、石垣の一番はしっこが口を開いたりするという程度からだんだんひどくなって半潰家、潰家が見え出して来た。屋根が軽くて骨組の丈夫な家は土台の上を横に辷《すべ》り出していた。そうした損害の最もひどい部分が細長い帯状になってしばらく続くのである。どの家もどの家もみんな同じように大体東向きに傾きまたずれているのを見ると揺れ方が簡単であった事が分る。関東地震などでは、とてもこんな簡単な現象は見られなかった。
とある横町をちょっと山の方へ曲り込んでみると、道に向って倒れかかりそうになったある家に支柱をして、その支柱の脚元を固める
前へ
次へ
全12ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺田 寅彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング