ためにまた別のつっかい棒がしてある。吾々仲間でその支柱の仕方が果してどれだけ有効であろうかといったようなことを話し合っていたら、通りかかった人足風の二人連れが「アア、それですか、僕達がやったんですよ」と云い捨てて通り抜けた。責任を明らかにしたのである。
 この横町の奥にちょっとした神社があって、石の鳥居が折れ倒れ、石燈籠も倒れている。御手洗《みたらし》の屋根も横倒しになって潰れている。
 この御手洗の屋根の四本の柱の根元を見ると、土台のコンクリートから鉄金棒が突き出ていて、それが木の根の柱の中軸に掘込んだ穴にはまるようになっており、柱の根元を横に穿《うが》った穴にボルトを差込むとそれが土台の金具を貫通して、それで柱の浮上がるのを止めるという仕掛になっていたものらしい。しかし柱の穴にはすっかり古い泥がつまっていて、ボルトなんか挿してあった形跡が見えない。これは、設計では挿すことになっていたのを、つい挿すのを忘れたのか、手を省いて略したのか、それともいったん挿してあったのを盗人か悪戯《いたずら》な子供が抜き去ったか、いずれかであろうと思われた。このボルトが差してあったら多分この屋根は倒れないですんだかもしれないと思われた。少なくも子供だけにはこんないたずらをさせないように家庭や小学校で教えるといいと思われた。
 これで思い出したのは、関東大震災のすぐあとで小田原の被害を見て歩いたとき、とある海岸の小祠《しょうし》で、珍しく倒れないでちゃんとして直立している一対の石燈籠を発見して、どうも不思議だと思ってよく調べてみたら、台石から火袋《ひぶくろ》を貫いて笠石《かさいし》まで達する鉄の大きな心棒がはいっていた。こうした非常時の用心を何事もない平時にしておくのは一体利口か馬鹿か、それはどうとも云わば云われるであろうが、用心しておけばその効果の現われる日がいつかは来るという事実だけは間違いないようである。
 神社の大きな樹の下に角テントが一つ張ってある。その屋根には静岡何某小学校と大きく書いてある。その下に小さな子供が二、三十人も集まって大人しく坐っている。その前に据えた机の上にのせたポータブルの蓄音機から何かは知らないが童謡らしいメロディーが陽気に流れ出している。若い婦人で小学校の先生らしいのが両腕でものを抱えるような恰好をして拍子をとっている。まだ幼稚園へも行かれないような幼児が多いが、みんな一生懸命に傾聴している。勿論鼻汁を垂らしているのもある。とにかく震災地とは思われない長閑《のどか》な光景であるが、またしかし震災地でなければ見られない臨時応急の「託児所」の光景であった。
 この幼い子供達のうちには我家が潰れ、また焼かれ、親兄弟に死傷のあったようなのも居るであろうが、そういう子等がずっと大きくなって後に当時を想い出すとき、この閑寂で清涼な神社の境内のテントの下で蓄音機の童謡に聴惚《ききほ》れたあの若干時間の印象が相当鮮明に記憶に浮上がってくる事であろうと思われた。
 平松から大谷の町へかけて被害の最もひどい区域は通行止で公務以外の見物人の通行を止めていた。救護隊の屯所《とんしょ》なども出来て白衣の天使や警官が往来し何となく物々しい気分が漂っていた。
 山裾の小川に沿った村落の狭い帯状の地帯だけがひどく損害を受けているのは、特別な地形地質のために生じた地震波の干渉にでもよるのか、ともかくも何か物理的にはっきりした意味のある現象であろうと思われたが、それは別問題として、丁度正にそういう処に村落と街道が出来ていたという事にも何か人間対自然の関係を支配する未知の方則に支配された必然な理由があるであろうと思われた。故|日下部《くさかべ》博士が昔ある学会で文明と地震との関係を論じたあの奇抜な所説を想い出させられた。高松という処の村はずれにある或る神社で、社前の鳥居の一本の石柱は他所《よそ》のと同じく東の方へ倒れているのに他の一本は全く別の向きに倒れているので、どうも可笑《おか》しいと思って話し合っていると、居合わせた小学生が、それもやはり東に倒れていたのを、通行の邪魔になるから取片付けたのだと云って教えてくれた。
 関東地震のあとで鎌倉の被害を見て歩いたとき、光明寺の境内にある或る碑石が後向きに立っているのを変だと思って故田丸先生と「研究」していたら、居合わせた土地の老人が、それは一度倒れたのを人夫が引起して樹《た》てるとき間違えて後向きにたてたのだと教えてくれた。うっかり「地震による碑石の廻転について」といったような論文の材料にでもして故事付《こじつ》けの数式をこね廻しでもすると、あとでとんだ恥をかくところであった。実験室ばかりで仕事をしている学者達はめったに引っかかる危険のないようなこうした種類の係蹄《わな》が時々「天然」の研究者の行手に待
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