思われる。
 彼が新知識、特にオランダ渡りの新知識に対して強烈な嗜慾《しよく》をもっていたことは到る処に明白に指摘されるのであるが、そういう知識をどこから得たか自分は分からない。しかし『永代蔵』中の一節に或る利発な商人が商売に必要なあらゆる経済ニュースを蒐集し記録して「洛中の重宝《ちょうほう》」となったことを誌した中に、「木薬屋《きぐすりや》呉服屋の若い者に長崎の様子を尋ね」という文句がある。「竜の子」を二十両で買ったとか「火喰鳥の卵」を小判一枚で買ったとかいう話や、色々の輸入品の棚ざらえなどに関する資料を西鶴が蒐集した方法が、この簡単な文句の中に無意識に自白されているのではないかという気がする。
 こうした外国仕入れの知識は何といっても貧弱であるが、手近い源泉から採取した色々の知識のうちで特に目立って多いものは雑多なテクニカルな伝授もの風の知識である。例えば『永代蔵』では前記の金餅糖《こんぺいとう》の製法、蘇枋染《すおうぞめ》で本紅染《ほんもみぞめ》を模《も》する法、弱った鯛《たい》を活かす法などがあり、『織留』には懐炉《かいろ》灰の製法、鯛の焼物の速成法、雷除《かみなりよ》けの方法
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