んラジカルな意見であろうと思われる。
 彼の好色物に現われた性生活の諸相の精細な描写記録は、この人間界の最も深刻な事実を事実として客観的に集輯したものであるには相違ないが、彼がそういうものを著述する際における彼の態度が、果して動物の観察者が動物の生活を記載する場合と同じものであったかどうかは疑問である。勿論、大衆読者というものを意識していることは云うまでもないことであるが、しかし、もしも彼の中に伝統的な恋愛道徳観が強烈に活きてはたらいていたら、こういう、当時としては破天荒なものを書く気にはなれなかったであろうと想像される。そういう方向から見ると、西鶴は当代としては非常に飛び離れた性道徳観の信奉者であったと思われないこともない。少なくも、恋愛の世界を勧善懲悪の縄張りから解放すべきものと考えていたのではないかと思われるふしが少なくないのである。
 これらの武士道観、恋愛観は、ある意味からともかくも唯物論的な西鶴の立場を窺わせる窓口となるものでないかと思われる。
『永代蔵』中に紹介された致富の妙薬「長者丸」の処方、『織留』の中に披露された「長寿法」の講習にも、その他到る処に彼一流の唯物論的処
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