中では当時行われていた各種の迷信を笑っていたのではないかと思われる節もところどころに見える。『桜陰比事』で偽山伏を暴露し埋仏詐偽の品玉を明かし、『一代男』中の「命捨ての光物」では火の玉の正体を現わし、『武道伝来記』の一と三では鹿嶋の神託の嘘八百を笑っている。
この迷信を笑う西鶴の態度は翻って色々の暴露記事となるのは当然の成行きであろう。例えば『諸国咄』では義経やその従者の悪口棚卸しに人の臍《へそ》を撚《よ》り、『一代女』には自堕落女のさまざまの暴露があり、『一代男』には美女のあら捜しがある。
このような批判の態度をもって西鶴が当時の武士道の世界を眺めたときに、この特殊な世界が如何に不合理に見えたかということは想像するに難くないのである。由来西鶴の武家物は観察が浅薄であり、要するに彼は武士というものに対する認識を欠いていたというのが従来の定評のようで、これも一応尤もな考え方であると思うが、しかしこれについて多少の疑いがないでもない。『武道伝来記』に列挙された仇討物語のどれを見ても、マテリアリストの眼から見た武士|気質《かたぎ》の不合理と矛盾の忌憚《きたん》なき描写と見られないものはな
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