器《ごき》かさねての御意」などもそうした例であると同時に、西鶴の実証主義を暗示するものと見られる。
 彼の実証主義写実主義の現われとしてその筆によって記録された雑多の時代世相風俗資料は近頃ある人達の称える「考現学的」の立場から見て貴重な材料を供給するものであることは周知なことである。例えば当時の富人の豪奢の実況から市井裏店《しせいうらだな》の風景、質屋の出入り、牢屋の生活といったようなものが窺われ、美食家や異食家がどんなものを嗜《たしな》んだかが分かり、瑣末《さまつ》なようなことでは、例えば、万年暦、石筆(鉛筆か)などの存在が知られ、江戸で蝿取蜘蛛《はえとりぐも》を愛玩した事実が窺われ、北国の積雪の深さが一丈三尺、稀有の降雹《こうひょう》の一粒の目方が八匁五分六厘と数字が出ている。好色物における当時の性的生活の記録については云うも管《くだ》であろう。
 実証的な西鶴のマテリアリズムは彼の「町人もの」の到る処に現われているのであるが、『永代蔵』にある「其種なくて長者になれるは独りもなかりき」という言葉だけからもその一端を想像される。彼は興味本位の立場から色々な怪奇をも説いてはいるが、腹の
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